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東京高等裁判所 昭和36年(う)405号 判決 1962年3月29日

控訴人 被告人 劉徳雲 外二名

弁護人 鈴木勇 外二名

検察官 寺尾樸栄

主文

原判決中被告人経世平、同劉徳雲に関する部分を破棄する。

被告人経世平、同劉徳雲を各懲役一年六月に処する。

但し、被告人劉徳雲については本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人経世平につき原審未決勾留日数中一二〇日を右本刑に算入する。

押収にかかる二〇弗紙幣三四枚(当庁昭和三六年押第一六五号の一、二)は没収する。

被告人李沢番の本件控訴を棄却する。

原審訴訟費用中証人斎藤盛男、同中田清、同山本万里子に支給した分は被告人劉徳雲の負担とし、当審訴訟費用中証人山崎武彦に支給した分は被告人李沢番の、同小倉亮に支給した分は被告人経世平の、同中川融に支給した分は被告人劉徳雲の各負担とする。

理由

弁護人鈴木勇の控訴趣意中法令の適用の誤りの主張について、

所論によると、本件米弗紙幣は沖縄において通用する通貨であるところ、沖縄については、なお日本の主権が存続しているから、これを以て外国ということはできない。従つて沖縄に通用する米弗紙幣は外国においてのみ流通する紙幣には該当しないから同偽造紙幣の行使を「外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律」第三条第一項に違反するものとして処断した原判決は法律の適用を誤つた違法がある。又沖縄についてはアメリカ合衆国が施政権を有し、日本の統治権の及ばない特殊地域と称すべきものであるから、刑法第一四九条の内国にも該当せず、よつて偽造米弗紙幣の行使は同条の適用もなく、本件は公訴棄却又は無罪の言渡しをなすべきものであると主張する。

よつて按ずるに、沖縄が終戦前に日本国の領土であつたことはいうまでもないが、日本の敗戦の結果、沖縄は連合国軍によつて占領され、その占領中、わが国の統治権が排除されて、アメリカ合衆国により立法、司法、行政の三権が行使されるに至つたことは当裁判所に顕著な事実である。然し、カイロ宣言、ポツダム宣言、その他の降伏文書等によつても、日本国が沖縄に対する領土権を喪失したことを認める根拠はなく、沖縄は連合国による占領中も依然として日本国の領土であるというべきである。(昭和三〇年八月九日最高裁判所第三小法廷判決参照)また、昭和二七年四月二八日発効した日本国との平和条約によつても、同条約第二条において、日本国は朝鮮、台湾、千島列島等に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する旨規定しているに拘わらず、沖縄についてはかかる規定が存在しないばかりでなく、かえつて同条約第三条によると、日本国は沖縄を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する義務があり、このような提案が行われ、且つ、可決されるまで(今日に至るもかかる提案がなされないことは当裁判所に顕著な事実である)合衆国は領水を含むこれらの領域及び住民に対し行政、立法、及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有することが定められたことからみても、合衆国は沖縄において施政権はこれを行使するも、同島に対する領土主権はなお日本国に保有されていることを窺知し得るのである。してみると、沖縄は平和条約発効後においても日本国の一部であつて、外国ニ於テ流通スル貨幣紙幣銀行券証券偽造変造及模造ニ関スル法律に定める外国とは解し難いこと所論のとおりである。次に、沖縄は特殊の地位にあり刑法第一四九条の内国に該当しないとの所論につき按ずるに、同条にいう内国の意義については外国人登録法第二条、外国為替及び外国貿易管理法第六条等に規定する「本邦」の如く、特にその地域を制限した規定が存しないから、同条の内国とは日本国の領土主権の及ぶ全領域を指称するものであつて、沖縄も刑法第一四九条の内国に該当するものと解するのが相当である。また、かく解することは合衆国が沖縄に対し施政権を有することと何等矛盾するものでもない。ところで、当審で取調べた総理府特別地域連絡局長回答に添付してある那覇日本政府南方連絡事務所長調査報告書写によると、アメリカ合衆国の通貨は昭和三三年九月一六日午前〇時一分から沖縄における法定通貨となつたことが明らかであるから、同日以後においては、米弗貨は外国においてのみ流通する通貨ではなく、従つて偽造米弗貨を行使した場合には、前記法律第三条第一項の規定に該当することなく、刑法第一四九条第二項の規定によつて処断すべき筋合である。

そして、以上の前提の下に本件についてこれをみるに、原判示第四の事実は要するに、被告人劉徳雲は被告人経世平と共謀の上、昭和三三年一〇月三日偽造米国弗紙幣をその偽造であるとの情を知りながら、東京都内において行使したというのであるから、その実行した結果の点からすれば、刑法第一四九条第二項に当るべき場合であるが、被告人劉が右犯行当時米弗紙幣が沖縄において法定通貨となつたことを知つていたとの点についてはその証明がなく、同被告人としては、右弗紙幣は外国においてのみ流通するものとの認識の下に右犯行に出でたものと認められる本件においては、同被告人に対しては刑法第三八条第二項、同法施行法第二条、第一九条第二〇条刑法第一〇条により重い刑法第一四九条第二項の規定により処断することを得ず、前記法律第三条第一項に該当する罪として処断すべきものといわねばならない。してみると、原判決が被告人劉徳雲の原判示第四の所為を前記法律第三条第一項に該当するものとして処断したのは結局正当に帰し、原判決には所論の如き法令の適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 山本謹吾 裁判官 目黒太郎 裁判官 深谷真也)

弁護人鈴木勇の控訴趣旨

第一点被告人に対する右法律違反被告事件(ドル事件と略称)については公訴棄却又は無罪の判決を求める。右法律第一条によると、その取締の対象となる偽造物等は、外国ニ於テノミ流通するものに限る。然るに本件ドルは純然たる外国でない沖縄に流通しているから、右法律の適用はないものといわねばならぬ。国際連合憲章は昭和三一年一二月一九日条約第二六号として、日本国が締結した条約であるから、これを最高法規として遵守すべきことは憲法第九八条の明定するところである。そして右憲章第七五条乃至第九一条殊に七七条によると、第二次世界戦争の結果として敵国から分離される地域は信託統治制度の下におかれ、その統治国はアメリカ合衆国であり且つそのドル貨若しくはこれと同性質の通貨等が流通していることは公知の事実である。信託統治の地域が統治国の純然たる領土でなく、旧領有国の主権乃至領土権が全く失われたものでないことは学問上争ないし、且つ政治的にも社会的にも認められているところである。従つて前掲法律は本件に適用なきものであろう。けだし、右法律が制定せられた当時は未だ、現行信託統治はもちろん委任統治という観念も事実もなかつた時代であるから一種の法律的盲点の生ずることはやむをえないところである。かくて原判決は破棄を免かれざるべく公訴廃却又は無罪の判決あらんことを求める。

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